これから寒くなってくると、鍋や温かい煮物がうれしくなります。長時間ことこと煮るのも風情があっていいのですが、省エネ面からは、煮え立ったころに火から下ろして保温しながら調理をする「保温調理」がおすすめです。ずっと火にかけておく必要がないために、コンロにつきっきりになる必要はなく、また適度な温度のために材料に味が染み込みやすく、おいしくなるというメリットもあります。
先日、図書館に行ってみたところ、戦前から戦争中のころの雑誌にも、おすすめの調理法として掲載がされていました。「火なし焜炉(こんろ)」と言われていたようです。
東京の御茶ノ水にある 一般財団法人 石川武美記念図書館(旧 お茶の水図書館)には、戦前からの婦人向け冊子や図書などが揃えられています。大正時代から2008年まで発行されてきた「主婦の友」の雑誌がほぼ全て閲覧できるようになっています。
先日、京都の古本市で、1950年の「主婦の友」が販売されているのを購入したのですが、当時のはやりや暮らしの視点がよく見えて、とても興味深いものでした。料理や服装の工夫など、生活に密着した知恵もたくさんちりばめられているだけでなく、海外生活のレポートなど、今読んでも引き込まれる内容もたくさんありました。東京ではやっている「◯◯喫茶」の紹介なども、きゃっきゃ言いながら読んでいたんでしょうね。
戦後すぐころまでの家庭のエネルギー消費の状況や工夫については、なかなか統計で整理されているものではなく、こうした当時の記事などが大きな参考になります。
戦前から戦後まで続く「主婦の友」では、自分で生活を工夫したり、悩み事対応のアイデアを共有したりする記事がベースとなっているのですが、昭和12年ごろから20年の敗戦までは、独特な体裁となっています。徐々に戦争に巻き込まれていく中で、自由を制限して、生活の工夫で戦争に協力しようという主張が掲載されるようになっています。生活の工夫をしようという内容は戦前から変わっていないのですが、目的だけが戦争遂行のためにすり替えられています。生活に関する記事のタイトルでも、配給だけでどう暮らすのか、少ない収入でどう貯金をするか(貯金は戦争資金として使われる前提で推奨されていました)、など窮乏していく様子もみられます。石油資源が国内で不足している状況のもと、日中戦争が始まったころから、家庭での光熱費を減らす視点で、暖かく過ごす、涼しく過ごす工夫の記事が目立ってきます。
昭和14年7月号 「部屋を涼しくする工夫」:すだれ・カーテンをつけたり、風通しをよくする
昭和14年12月号「温く寝む(やすむ)工夫くらべ」:生姜湯、古毛糸でソックス、長い寝間着
そんな中で、昭和15年1月号で、古賀延さんの記事で「燃料いらずの火無し焜爐の作り方」という記事が掲載されます。記事時点で、古賀さんが25年前から使っているということで、その頃までに省エネ手法としては一定認知されていた可能性があります。「沸騰した鍋をそのまま箱に入れて、熱が絶對に逃げないやうにさへすればよい」という原理は現在と同じです。
「まづ、六分板のきっちりと蓋の合ふ木箱を作ります。大きさはなべの周圍が二三寸あく程度。箱の中には、おが屑または薄い鉋屑(共によく乾燥したもの)を厚さ五寸程度にぎつしりと詰めて、眞中を鍋の底がすぽっと入やうに凹ませます。・・・(中略)・・・別に、箱の大きさより三寸廻りくらゐ大きい蒲團皮を二枚用意して、やはりおが屑または鉋屑を、一方にはふうはりと入れ、も一つには少し固目に詰め込みます。」 現在は、鍋帽子(R)をつくったり、ふとんや新聞紙を巻いたりなど、簡易な作り方をすることが多いのですが、箱から作るというのは見事です。
あとの使い方は、ほぼ同じです。煮立ちしたところで、すぐに箱荷入れ、やわらかいふとんで包み、その上に固めのふとんを載せ、木の蓋をします。硬い肉でも一時間でOKとのこと。
その後も、昭和18年5月、10月、昭和19年1月、12月と、「火なし焜炉」は記事になっています。現在もされていないような上面をガラスにして日の当たるところに置き、太陽熱も利用して保温調理をするといった画期的な技術も紹介されています。
戦時中に省エネが記事になるのは、燃料不足が深刻になっているからです。たくさんある時代にもされているのでしょうが、わざわざ記事にはならないでしょう。省エネの工夫が、昔の不便な生活を想起させてしまうことは、やむを得ないことかもしれませんが、その工夫自体は平時にも活用できる知恵になっています。
暖かく過ごす工夫、涼しく過ごす工夫なども、当時とそれほど変わっているものではなく、むしろ市井での長い実績がある点を大切にできたらいいでしょう。